剛にして繊細な岩谷堂箪笥、それは岩手の歴史が育んだ職人技の極みです。
岩手県江刺市の岩谷堂地区で作られる岩谷堂箪笥は、えもいわれぬ木目の奥深い美と漆塗り、そして手打ちで仕上げられる精微な金具が特徴です。
昭和57年には、通商産業大臣指定の伝統工芸品に指定されています。戦後の高度成長期のなか、みずからの手を信じ、動かし、そして結晶した箪笥は、今や日本文化を背負う位置に座しているのです。
大量生産品が家具の世界においても浸透している今、同時に古の手技に目を向ける人々が近年増えています。手作りのぬくもりをそばに暮らしたいと願う気持ちは、近年こうした箪笥へも向けられているようです。
岩谷堂箪笥の製作現場では、多くの伝統工芸士が活躍しています。皆が、技術、知識、経験において優れていると認められており、総合部門、木部門、塗装部門、金具部門においてそれぞれが活躍しています。すべての工程を各々の専門職人がつとめあげるため、岩谷堂箪笥のつくりは非常に堅牢で絶大的な安心感をもたらします。「本物」の家具が何百年と使われてゆくように、岩谷堂箪笥も代々受け継がれてゆく光景が目に見えるようです。
岩谷堂箪笥の起源は1100年代の康和年間にまで遡ります。藤原清衡が産業奨励に力を入れた時代は、今のような箪笥のかたちではなく、大型の箱のようなものであったそう。その後江戸時代には、岩谷堂城主の岩城村将は米に頼る経済の先を見据え、家具製作に重点をおきます。家臣に、箪笥製作方法や塗装方法の研究を命じました。箪笥ができあがってくると、金庫の役目を負荷するために鍛冶職人が加わり、立派な金具が取り付けられるようになったのです。そして現在に至る姿が定着し、伝統工芸品としての岩谷堂箪笥が伝承されています。
岩谷堂箪笥の大きな特徴は、三つあります。
ひとつは、材料です。岩谷堂箪笥には、欅、桐、栗、杉などが用いられます。言わずもがな、これらは日本を代表する木材であり、日本の宝といっても過言ではありませんね。特に岩手県内では、良質の欅が多く根をはっているので、この地に箪笥文化が根付いたことは自然の摂理にかなったことなのかもしれません。これらの木材が家具にかたちを変えるまでには数年の歳月が必要です。野積みにして雨風にさらし、ゆっくりと乾燥させることによって、ようやく木材として職人の手元に渡ってゆきます。自然の流れる速度に合わせたものづくりの姿勢は、現代において見直されるべきものとして、若い世代からの注目も浴びています。
ふたつめは、塗りです。仕上げとして漆が何度も繰り返し塗られますが、岩谷堂箪笥では拭き漆塗りと木地蝋塗りの二種類があります。塗りの工程は、自然の産物である木材をいつまでも美しく保つために必要不可欠。歳月が流れると、上質な漆はだんだんと透けてきます。すると、木目が美しく表れてくるため、その時間をかけた変化こそ、家具と生きる楽しみだと言えます。
みっつめは、飾り金具です。岩谷堂箪笥の生産地は、もともと鋳物技術が優れている地域でした。風鈴や南部鉄などが作られていましたが、その技術が箪笥と融合することになります。岩谷堂箪笥の金具には、手打彫りと南部鉄器金具の二種類があります。図柄は受け継がれたものが多く、龍、唐獅子、唐草文様など、古の文化を目の当たりにします。金具がもたらす格調高き姿は、外国でも人気が高いようですね。